【探究を考える】「結果」でなく「過程」を重視することで、子どもが得られる大切な学びとは?
大人が子どものために唯一できることは……
インタビューの最後に、西村氏はこんな話をしてくれた。
「日本のテレビを見ていると、クイズ番組なんかで“知識”を持っている人に対してすごい!といった価値観があるなと感じます。でも知識だけであれば、ChatGPTの方が優秀だ、という世の中になってしまうでしょう。大人が価値観を変えていかないといけない」(西村氏)
2022年度から「総合的な探究の時間」が導入された背景にあるのは、将来を予測することが極めて困難な時代になったことが挙げられる。テクノロジーの進化、自然環境・社会環境の変化、ウイルス感染症の流行、不安定な国際情勢……、世界の常識は一瞬にして移り変わり、普遍的な“正解”はもはや存在しない。さらにいえば、“問い”が何かすら分からない場合もある。これまでの日本の教育は“一つの正解を求める問い”が多かった。だが正解のない世界を生きるにあたって、誰かの定義した“問い”と“正解”を追い求めることにどれだけの意味があるだろうか。知識・技能を得るだけでなく、それらをいかに活用して自分だけの“問い”と“答え”にたどり着くか。そうした力を、探究を通して身に付けることが求められるようになった。
「普遍的な正解はない」ということは、大人である私たちが持っている価値観もまた、絶対的な正解ではないということだ。良かれという思いから、無意識のうちに自分の価値観を子どもに押し付けてしまうことがある。「こうした方がいいよ」「常識だから」「あなたのためを思って」「言うことを聞きなさい」。そんな言葉を口にすることはないだろうか。他者の評価や“世の中”の常識に左右されて、幸せを実感できない大人も多いだろう。
結局のところ、自分で“問い”と“答え”を見つけるというのは、自分の人生をどう生きるか、自分にとっての幸せとはどういうものかを見つけていくことと同義でもある。大事なのは、その価値観を大人が定義するのではなく、子どもが自分で見つけ出すことだ。
私たち大人が生きてきた時代と、子どもたちが生きる未来は、まったく違うものになる。私たちには、未来を予測することはできない。であれば、子どもが自分で自分の“問い”と“答え”を見つける力を身に付けられるようにすることが、大人が子どものために唯一できることなのかもしれない。
<了>
記事を書いた人

野口学
奈良県出身。早稲田大学卒業後、外資系コンサルティングファームへ入社。10年以上にわたり、経理・財務、製造、購買・調達、サプライチェーン、セールス、人事などの業務部門からIT、経営管理に至るまで、さまざまなプロジェクトに従事する。2014年からフリーランスとして活動開始。スポーツ×ビジネス/教育/社会課題解決を軸に取材・執筆を行い、さまざまなメディアでコンテンツ戦略・企画・制作責任者を歴任する。『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』など複数書籍の執筆・構成、編集を担当。2児(5歳娘・1歳息子)のワーキングファザーとして日々悩みながら奮闘中。


