【開催レポート】高校探究プロジェクト連携「探究的な学びの実現に向けた協働・共創プロジェクト」

小関先生(青森)は、「パーフェクトな形で研修を迎えていない。けれど、受講者の先生たちと研修を終えた時にやってよかったと思えるものになっている。研修自体が育っていく」と手応えを口にした。

その思考プロセスは、未完成な部分を肯定的に受け入れ、柔軟にデザインできる余白として解釈できる視座を得たことで生み出されてきたものだろう。その余白を戦略的にデザインに落とし込めるようになれば、西村氏が昨年度の総括(下図)で語った「視座の上げ下げが自在にできるスキル」の獲得にもつながっていきそうである。 

また、アドバイザーの藤村氏(東京学芸大)は、「受講者が講義の内容と自分の実践を反復しながら、考えを深めている姿が印象的だった。探究的な学びについての発言も良い内容が多かったが、自信がない部分や不安な面も見受けられ、それが現状ともいえる。所属先や勤務校で本音を話す場所がもっとあるとよいのでは」と振り返った。

今回のWSでも、やわらかい雰囲気が探究的な学びを生み出したことは確かであり、正解がないからこそ、対話を通じた本音のフィードバックや共感を得られる場所は貴重である。それとは逆に、正解主義にとらわれると思考は固まり、発言も慎重になり、グループで学ぶことの相乗効果は見込めない。今回のWSのように温かな学習環境を実装するプロセスを通じて、本音で語ることの効果や学びの深化を実感した原体験は、各所属県の教員研修にとっても有意義なものになるに違いないだろう。

また、授業づくりについても同様のことが言える。学校教育における生徒の学びの共同体は、共通の職業や興味関心、目的意識がある人間の集まりではなく、たまたま同じ地域で、同じ年度に生まれた偶発的な人間の集まりである。それは、探究につながり得るあらゆる事象に対して常に当事者と非当事者が混在し、視座の上下が混在していることを意味している。その偶発的な集合体を活かすためにはやはり、多種多様な価値観を前提とした、お互いの本音が話せる学習環境が提供できるかどうかが重要なポイントとなりそうだ。