『情報Ⅰ』カリキュラムデザイン

愛知県立高蔵寺高等学校 田中健先生

いよいよ2022年度から展開され始めた新科目『情報Ⅰ』ですが、日々の授業づくりや年間学習指導計画の策定から、更には人員配置という現場の教員ではどうしようもない問題まで、全国的にその対応に苦慮されているのではないでしょうか。
なにぶん短編動画ですのでそのすべてを語りつくすことはできませんが、本動画では年間学習指導計画について、どのように構成していく方法があるかというマインドセットをお話しします。ここで、学習指導要領を根拠にした「こうあるべき」というだけの机上論ではお聴きのみなさんのニーズには合わないと思いますので、2022年度に私が所属校で実施した内容をもとに年間通したカリキュラムデザインについて、模範ではなく一実践例として気軽にお示しいたします。

「田中健」という名前、どこかで見たな…という先生もいらっしゃると思いますが、現在発行されている書籍やその他色々な活動に勤しんでいる現役の高校教員です。その他にも、名前と所属校で検索いただきますと、実践例が少々出てまいりますので、よろしければそちらもご参考になさってください。

「情報Ⅰ」を担当するマインドセット

さて、これまで論文や研究会発表などで私が言い続けてきている『情報Ⅰ』の授業を担当する上でのマインドセット3点です。このうち①のアップデートや③のスキーム変換については機会があれば別の機会に紹介することとしまして、カリキュラムデザインを考えるときには、②に挙げた学習指導要領の読み込みが肝要です。重々ご承知とは思いますが、学習指導要領にしても教科書にしても、『社会と情報』『情報の科学』と比較した時のコンテンツの重みが違って、内容が相当に凝縮されて詰め込まれています。教科書作成に携わっている身でこう語るのは気が引けるのですが、2単位70時間で教科書全てを学びつくせというのはかなり無理難題といえます。

その凝縮度合いが一目でわかるのがこちら、数研出版発行の教科書「高等学校 情報Ⅰ」の目次を例に挙げてみました。大単元が4つ、更に中単元に分けると13あります。これだけ見ても、MAX70時間で単元一つ一つを忠実にこなしていくのは相当難しいでしょう。

次に「白」に、「青」「オレンジ」「緑」と3色増やして色分けしてみましたが、どのような区別か少し考えてみてください。白は旧課程にもあった単元、青の4つは「社会と情報」に含まれなかった単元、オレンジのプレゼンテーションは「情報の科学」には含まれなかった単元、緑の情報デザインは新規の単元です。全高校生の必履修科目として旧課程の内容をぎゅっと圧縮して新規単元を加えたこの目次からも、教科「情報」へのテコ入れが窺えますね。よって、既存の授業時間数では学びきれないという声が上がるわけです。

膨れ上がった内容をどう処理するか、という一策がこちらです。
一つ目は、単元を機械的にまるごと消化するわけではなく、中核部分、単元のエッセンスとなる部分を取り出し、親和性のある別の単元のエッセンスと結合させ、複合的な授業内容にする、ということです。これには教科書をそのまま追うのではなく、各先生なりの単元の落とし込み方、翻案が欠かせません。

二つ目は、学習内容をコマ切れにした独立性を極力防ぎ、当該学習内容を次の内容に活かすという連続性の確保を心がける、ということです。新しい内容をゼロから始めるより、例えば実習の成果物をそのまま授業ネタとして利用することで、新単元の導入部分を生徒になじませる時間をカットできます。
学習内容が増大したことによる一番の懸念点であった、授業時間数が足りないという問題を解決する手段として、現役で教壇に立つ身としても、この方針は非常に有用であると考えています。

年間計画の具体例

それでは、その考え方をもとにした、講演者の所属である愛知県立高蔵寺高等学校で2022年度に実施した年間計画をハンドアウトや生徒成果物とともにご紹介していきます。
こちらが計画ですが、見てびっくりですよね、48時間しか設定されていません。というのも、高蔵寺高校での情報の履修年次は激レアの3年次で、大学入学共通テストまでの24週しか確保できないという困ったことに起因しています。このあたりの組織的な諸問題については、とても本講座では処理できないので割愛しますが、それにしてもカツカツな環境下で、旧課程の生徒に対し『情報Ⅰ』を模して実施するならどうできるか、といったトライアル的扱い実践です。
こちらも色分けしてご紹介します。それぞれの内容について、相当する中小単元を配し、『情報Ⅰ』として統合された内容を外さないような進行を心がけた結果、4月当初から単元をこれでもかという程融合させて実践するということになりました。

実践例:プロダクトデザインプレゼンテーション

次は実践例として年間の流れをご紹介していきます。表示しているハンドアウトは、4月に5時間程度、プロダクトデザインプレゼンテーションとして、アフォーダンス・シグニファイアといった情報デザインの考え方をもとに、「生活を便利にする工夫」をドット画で示し、どのような観点をデザインに取り入れたかを1人45秒でプレゼンテーションさせる、というものです。その過程では、新規の発案がどのように保護されるのかと特許庁のウェブサイトを参照させたり、ドット画の制作の際にピクセル・解像度などラスタ画像に関連させたりといった仕掛けも入れてみました。

こちらは、生徒作品と5時間目のハンドアウトです。授業者の肌感覚としては、生徒には割と違和感なくすんなり入ったようで、こういった単元取り合わせの妙は今後研究されていくべきではないかと考えています。良いシグニファイアはなかなか考え付かない、という生徒の感想・反省も読んでいておもしろいものでした。
当該授業内容については、2022年の全国高等学校情報教育研究会の分科会で発表しておりますので、こちらもご参照ください。
令和4年全国高等学校情報教育研究会 分科会
●河合塾「キミのミライ発見」事例228

実践例:デジタル表現

続いて、オーソドックスな情報のデジタル表現の単元ですが、早速プロダクトデザインの成果物を使う機会です。解像度指定して制作させたデザインのbmpファイルのデータ量、jpgファイルのデータ量を参照することで、教科書の例題を利用するよりも理解度は上がるような印象です。単に例示するのではなく、実際に操作させることの強みはここにあるのではないかと考えさせられました。

実践例:サイコロの目のシミュレーション

これもオーソドックスなサイコロの目のシミュレーションですが、ここで表計算ソフトの使い方とグラフでの見せ方・デザインについて学ばせるのが後の単元にシームレスに移行するキモの部分かと考えています。ちなみに、サイコロの目をモデル化する際にはグループワークで行っています。

実践例:表計算ソフトをデータベースとして活用する

表計算ソフトの使い方を学んだ後は、表計算ソフトのデータベース的利用方法として、普段何気なく手にしている試験結果通知表はどのように管理・出力されているかということを考えさせ、架空のクラス名簿を題材にあるレコードをフォーマットに出力させる、という実習を実施しました。何気ないところにも教科「情報」の学習内容が深く入り込んでいることに感心している生徒もいました。データ処理を担当している、いやさせられている先生の苦労がわかってもらえて何よりでした。

実践例:プログラミング・ネットワーク

そして、プログラミングの単元に入るわけですが、アルゴリズムとフローチャートに関しては、講演者の今後の分科会発表の都合もあり割愛いたします。さて、画面はさきほどの通知表ですが、よくよく考えてみると、セルA1にレコードナンバーを一件ずつ手打ちしてその都度印刷ボタンを押す、となるとかなり面倒だということがわかります。そこで、人間の手間を解消するためにプログラミングが有効だ、とすると納得した上でプログラミングに臨めるようです。この「納得感」「プログラミングが必要である理由」は取り組み姿勢に大きな影響を及ぼすので、ぜひ先生方も心がけていただければ幸いです。

もちろんプログラミング言語は何でもよく、世の中ではPython旋風が巻き起こっていますが、ここでは単元間のシームレスな移行のためにVBAを活用しています。右側はその手打ちのVBAコードですが、たったこれだけの10行でも変数定義などの基本を入れると最低2時間、できれば3時間は予定しておかないと理解にはつながらないという感触です。余談ですが、実習用コードにPrintout行を入れ込んでボタンを押せるようにするとコンピュータ室が混沌と化すのでご注意ください。
この後、ネットワークの単元から、ドメイン・IPアドレスについてWHOIS検索を活用しつつ1時間実施しました。

実践例:単元横断型のグループプロジェクト学習(問題解決)

履修年次が3年次ということもあり、情報の授業の集大成として最後に設定したのが、問題解決を中心とする単元横断型のグループプロジェクト学習です。高蔵寺高校の生徒の進路先はほぼ4年制大学ということから、4年後に経験するであろうゼミ活動、いわば卒論ワクチンとしての位置づけで単元名を卒業研究とし、15時間程度を充てました。内容はご覧いただいているとおり、研究テーマと仮説を立て、検証実験を行い、取得した結果・一次データを適切に分析・加工し、その結果に対して考察を深めて論文形式の文書にまとめ、最終的に卒業研究発表会と題したプレゼンテーションを実施するというものです。卒業式前日は全100グループ分の論文集を卒業記念品として全員に配付しています。

右下図が2022年度の論文例です。このグループはあやとりのはしごの段数と必要な紐の長さとの関連を定式化した、というもので面白くもアカデミックな研究でした。論文フォーマットは講演者が毎年分科会登壇している全国高等学校情報教育研究会が指定するフォーマットを拝借しています。もちろん論文ですので、必要に応じて先行研究などを引用するための著作権とその周辺に触れることにもなります。グループの活動内容を他者に正確に伝えるため、各種成果物の見せ方・語り方を考えて成型するという経験は生徒の今後につながるものと授業者としては自負するところです。
なお、ワープロソフト・プレゼンテーションソフトについてはフォーマットの配付時に5分程度の軽いインストラクション程度でとどめても、最終的にある程度の完成度には近づきます。情報リテラシーの観点においても、エッセンスを伝えれば生徒は自走するといえるのではないかと考えています。

以上、2022年度に実施した1年間の実践例をお示しいたしました。再び、先ほどのスライドです。このように、単元のエッセンスを複数融合させること、そして、つながりを意識した計画を立てることは、授業時数の制限にも生徒の理解度にも好循環をうむことになるのではないかと考えています。

カリキュラムを改善するための提案

最後に、ともに情報を教える全国の先生方に3点、カリキュラムを改善していくためのご提案を綴って締めくくります。

1点目は生徒に残る情報の授業を心掛けてはいかがでしょうか。コンピュータ室に移動したな…という移動教室の思い出だけでは寂しすぎます。ご紹介した卒業記念品として論文集など有形のものでも、先生独自の仕掛けなど無形のものでもなんでも構いません。高校卒業後にも思い出せるような授業づくりを心がけてはいかがでしょうか。ひいてはその考えは共通テストで点数を取ることを目的とした塾的な授業を抑止し、主体的・対話的で深い学びにもつながるカリキュラム立案にもなるはずです。

2点目は毎年1つ、新しい授業に挑戦をしてはいかがでしょうか。教科「情報」で学習する内容の多くは日進月歩、毎日新しい情報技術が生み出されています。教科書の記述は、学習指導要領の改訂のタイミングで書き換えられるだけであって、乱暴な表現をするなら、検定が終わり世に出た時点でもう過去のものともいえます。カリキュラムを一通り作り終えてしまえば毎年それを使い回せる、とはならないのも教科「情報」の宿命です。全てを改変するというのは現実的ではありませんので、毎年単元1つだけでも新しい授業に改変するという感覚で構いません。新しい授業を実施した後の生徒の反応を楽しめるようになれば、その習慣はカリキュラム改善の推進力になるでしょう。

3点目は授業実践の発信、別の言い方をすれば全国から情報の先生方が集まる研究会でお悩み相談をしてみてはいかがでしょうか。教科「情報」が展開され始めて早20年、授業担当者のワンオペ状態は今なお大多数の学校で続いています。身近に相談相手がいないのであれば、全国に求めれば良いという考え方ですね。同じような悩みを抱える多くの先生方から様々な意見が得られて、多くの気づきが得られるはずです。

田中先生の年間指導計画(ダウンロード)
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